抗うつ薬(こううつやく、antidepressant)とは、典型的には、抑うつ気分の持続や希死念慮を特徴とするうつ病のような気分障害に用いられる精神科の薬である。
不安障害のうち全般性不安障害(GAD)やパニック障害、強迫性障害にも処方される。
投薬による結果がよくないため非推奨であるものに、摂食障害や心的外傷後ストレス障害(PTSD)がある。
添付文書にて適応が認められていない慢性痛、月経困難症などの適用外用途への処方が行われる場合がある。
ほかにADHD、薬物乱用による抑うつ、いびき、偏頭痛の場合もある。
適用外用途の処方には議論がある。
場合によっては、アメリカでは司法省による制裁が行われている。
多くの抗うつ薬は、効果の発現が2〜6週間遅れるが、効果はしばしば1週間後に見られる。
しかしながら投与直後から、自殺の傾向を高める賦活症候群の危険性がある。
日本でも添付文書にて、24歳以下で自殺念慮や自殺企図の危険性を増加させることを注意喚起している。
抗うつ薬の有効性が議論されており、現在では軽症のうつ病に対しては、必ずしも薬剤の投与は一次選択にはなっていない。
また使用にあたっても1種類の抗うつ薬の使用が原則とされる。
2010年には、精神科領域の4学会により、医師に対して不適切な多剤大量処方に対する注意喚起がなされている。
抗うつ薬の使用は、口渇といった軽いものから、肥満や性機能障害など様々な#副作用が併存する可能性がある。
2型糖尿病の危険性を増加させる。
さらに他者に暴力を加える危険性は抗うつ薬全体で8.4倍に増加させるが、薬剤により2.8倍から10.9倍までのばらつきがある。
急に服薬を中止した場合、ベンゾジアゼピン離脱症状に酷似した離脱症状を生じさせる可能性がある。
離脱症状は、少なくとも2〜3週間後の再発とは異なり、数時間程度で発生し、多くは軽度で1〜2週間でおさまる。
離脱症状の高い出現率を持つ薬剤、パロキセチン(パキシル)で66%やセルトラリン(ゾロフト)で60%がある。
製薬会社は、特許対策のために分子構造を修正し似たような医薬品設計を行っていたが、2009年にはグラクソスミスクラインが神経科学分野での採算の悪さを理由に研究を閉鎖した。
その後、大手製薬会社の似たような傾向が続いた。
●主な抗うつ薬
*選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)
第三世代の抗うつ薬と呼ばれるものであり、フルボキサミン(ルボックス、デプロメール)、パロキセチン(パキシル)セルトラリン(ジェイゾロフト)、シタロプラム(日本未発売)、エスシタロプラム(レクサプロ)が知られている。
三環系抗うつ薬(TCA)より副作用が若干少ないとされる。
急に服薬をやめるとSSRI離脱症候群が発現する恐れがある。
強迫性障害、社交不安障害、パニック障害に適応がある。
躁うつ病には禁忌である。中等度から重症の大うつ病では第一選択となる。
効果発現に2週間程度必要である。
投与初期(1〜2週間程度)は悪心、嘔吐、不安、焦燥、不眠といった症状が出現することがあるが継続投与で軽快、消失する。
セロトニン受容体に対する急性刺激と考えられている。
少量ではセロトニン選択性であるが、高用量となるとノルアドレナリンの再取り込みも阻害するようになる。
*セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)
第四世代の抗うつ薬と言われるもので、ミルナシプラン(トレドミン)、ヴェンラファキシン(エフェクサー)(日本では開発中止)、デュロキセチン(サインバルタ)、ネファゾドン(サーゾーン)が含まれる。
SSRIよりも意欲を高めるといった効果が期待されている。
TCAのイミプラミンに近い作用となるがセロトニンとノルアドレナリン以外の受容体と相互作用をしないため副作用は非常に少ない。
頭痛、口渇、排尿障害といった副作用は報告されている。
*三環系抗うつ薬(TCA)
もっとも古い抗うつ薬で1950年代に登場した。
セロトニンやノルアドレナリンの再取り込みの阻害が抗うつ作用にかかわると考えられている。
第1世代としては塩酸アミトリプチリン (トリプタノール、ラントロン)、塩酸イミプラミン (イミドール、トフラニール)、塩酸クロミプラミン (アナフラニール)、マレイン酸トリミプラミン (スルモンチール)、塩酸ノルトリプチリン(ノリトレン)。
第2世代としてはアモキサピン (アモキサン)、塩酸ドスレピン (プロチアデン)、塩酸ロフェプラミン (アンプリット)が知られている。
第3世代としての選択的セロトニン再取り込み阻害薬が登場してからは軽症、中等症のうつ病の第一選択からは外れたが2008年現在も使われている薬である。
その理由としては抗コリン作用をはじめとした多くの副作用が存在するがうつ病の改善率が70〜80%と非常に高いことが理由にあげられる。
TCAの抗うつ作用はほとんど差がないと言われているが、患者によって特異的に有効なTCAが存在するのも事実である。
抗コリン作用が軽快している第二世代の薬物から使用し、副作用に合わせて変えていくのが一般的である。
特徴としては三級アミンは二級アミンと比べると、鎮静作用、抗コリン作用が強く、起立性低血圧も起こしやすい。
鎮静と体重増加の作用はヒスタミンH1受容体に対する親和性と相関している。
起立性低血圧はアドレナリンα1受容体との親和性に相関しているといったところである。
またTCAは内服中断後、1週間は体内にとどまると考えられている。
危険な副作用としてはキニジン様作用といわれる心臓障害がある。
緊急入院を要する重症例ではTCAが有効性に勝るのではないかと言う専門家の意見がある。
・アミトリプチリン (トリプタノール、ラントロン)抗コリン作用、鎮静作用が最も強いTCAである。
若年者で入眠障害がある患者で好まれる傾向がある。
就寝前に多く飲ませることが多い。
・イミプラミン (イミドール、トフラニール)
最初に作られたTCAである。
アミトリプチリン よりも抗コリン作用、鎮静作用が弱いがノルトリプチリンよりは強い。
起立性低血圧も比較的少ない。
パニック障害に効果があることもある。
・クロミプラミン (アナフラニール)
セロトニンの再取り込み阻害作用が強い。
痙攣がおこる頻度が他のTCAよりも強いため、抗けいれん作用の強い抗不安薬を併用することが多い。
注射薬があるため、うつ病による不穏、焦燥に対して3時間程度で25mgを点滴静注することもある。
・ノルトリプチリン(ノリトレン)
セロトニンよりもノルアドレナリンの再取り込みを強く抑制する。
焦燥感を起こすことが少ない。有効治療量の幅が狭く処方が難しい。
・アモキサピン (アモキサン)
第二世代のTCAであり、副作用、特に抗コリン作用が軽減されている。
他のTCAよりも効果発現が早いといわれている。
*四環系抗うつ薬
ノルアドレナリンの再取り込みを選択的に阻害し、セロトニンの再取り込みは阻害しない。
抗コリン作用はTCAよりも軽減されている傾向があるが、痙攣を起こしやすく、抗けいれん作用の強い抗不安薬(ジアゼパムやニトラゼパム)を併用することが多い。
塩酸マプロチリン(ルジオミール)、塩酸ミアンセリン(テトラミド)、マレイン酸セチプチリン(テシプール)が有名である。
・ミアンセリン(テトラミド)
α2受容体を遮断することでノルアドレナリンの放出を促進する。
抗ヒスタミン作用が強い薬物である。
心毒性がないため非常に使いやすい抗うつ薬である。
呼吸抑制と鎮静という副作用がある。
SSRIとの併用による増強効果が報告されている数少ない薬物である。
・セチプチリン(テシプール)
ミアンセリンを改良した薬物。
中枢性セロトニン作用をもつ。
鎮静の副作用はまれ。
・トリアゾロピリジン系抗うつ薬(SARI)
塩酸トラゾドン(商品名レスリン、デジレル)が有名である。
5-HTの取り込みを阻害する薬物である。
・モノアミン酸化酵素阻害薬(MAO阻害薬)
三環系抗うつ薬とほぼ同時期に抗うつ薬として使われ始めたが副作用が強かったため扱いにくく、現在は抗うつ薬としてはほとんど使われない。
パーキンソン病治療薬として専ら用いられている。
・ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬(NaSSA)
NaSSAはNoradrenergic and Specific Serotonergic Antidepressantの略。
2009年9月7日から使用が開始された。
これまで日本にはなかった作用機序の薬で、抗うつ薬分野での新規作用機序の新薬は10年ぶりとなる。
これまでのようにシナプスにおける神経伝達物質の再取り込みを阻害して濃度を上げるのではなく、セロトニン、ノルアドレナリンの分泌量そのものを増やす作用がある。
すなわち、α2ヘテロ受容体とα2受容体をふさぎ、セロトニンやノルアドレナリンが出ていないと錯覚させ、分泌を促す。
また、5-HT1受容体にセロトニンが結びつきやすくするために、5-HT1以外のセロトニン受容体をふさぐ。
・ミルタザピン - 2009年9月7日に国内での処方が解禁された。
開発元のN.V.オルガノンと統合したシェリング・プラウ(現在は合併してMSD)からレメロン、Meiji Seika ファルマからリフレックスとして発売されている。
2009年9月現在、90カ国で使用されている。
うつ病患者を対象としたミルタザビンの日本での臨床試験(プラセボ対照比較試験)では、投与1週目から有意に高い改善効果が示されており、長期投与試験では、52週まで抗うつ効果が維持されることが確認されている。
こうした試験結果から、従来薬に比べて、効果発現までの時間が短く、持続的な効果が得られる抗うつ薬として期待されている。
ただし国内の臨床試験で、82.7%に何らかの副作用が認められたことに留意する必要がある。
高頻度に認められたのは、傾眠(50%)、口渇(20.6%)、倦怠感(15.2%)、便秘(12.7%)、アラニン・アミノトランスフェラーゼ増加(12.4%)などであり、重大な副作用としては、セロトニン症候群、無顆粒球症、好中球減少症、痙攣、肝機能障害、黄疸、抗利尿ホルモン不適合分泌症候群(SIADH)が報告されている。
*ノルアドレナリン・ドパミン再取り込み阻害薬(NDRI)
日本国内においては未承認である。
塩酸ブプロピオン(商品名ウェルブトリン)が知られている。
*選択的セロトニン再取り込み促進薬(SSRE)
日本国内においては未承認である。
チアネプチン(en:Tianeptine)が知られている。
●治療効果
抗うつ薬の効果は、副作用に関連するリスクを正当化するために偽薬をしのぐべきである。
うつ病の重症度の評価にハミルトンうつ病評価尺度(英語版)(HAM-D)が、しばしば用いられる。
HAM-Dの17項目のアンケートからの最大スコアは52点である;高いスコアがより重度のうつ病である。
何が薬に対する十分な反応に相当するのかについては十分に確立されていないが、寛解あるいはすべてのうつ症状の実際の除去が目標であり、しかしながら寛解率はまれにしか公表されていない。
症状軽減の割合は、抗うつ薬による46-54%に対して偽薬では31-38%である。
234の研究から、第二世代の13種の抗うつ薬(ブプロピオン、シタロプラム、デスベンラファキシン、デュロキセチン、エスシタロプラム、フルオキセチン(日本では未認可)、フルボキサミン、ミルタザピン、ネファゾドン、パロキセチン、セルトラリン、トラゾドン、ベンラファキシン(日本では開発中止))にて、年齢、性別、民族、併発疾患を考慮しても、うつ病の急性期、継続期、維持期の治療に対して、ほかのものを上回る臨床的に意味のある優越は発見されなかった。
うつ病の薬物治療の有効性について、アメリカ国立精神衛生研究所によって委託されこれまでに最大規模かつ高額な費用がかかった研究、STAR*D (Sequenced Treatment Alternatives to Relieve Depression) が実施された。
その結果の概要は以下である。
STAR*Dの各過程は14週間ごとであり、従って14週後における寛解率や脱落率を表す。
治療の最初の過程の後、2,876人の参加者のうち、27.5%がHAM-Dの点数が7点以下となり寛解に達した。
21%が脱落した。
次の治療の過程の後、残り1,439人の参加者のうち21-30%が寛解した。
310人の参加者だけが研究の継続に協力的であるか継続可能であった。
薬の切り替えでは約25%の患者が寛解に達した。
3番目の治療の過程の後、残り310人の参加者のうち、17.8%が寛解した。
4番目の治療の過程の後、残り109人の参加者のうち、10.1%が寛解した。
1年後の追跡調査で、1085人の寛解した参加者のうち、93%が再発するかこの研究を脱落した。
この研究で比較されたどの薬の間にも、寛解率、反応率、寛解あるいは反応までの期間に、統計的あるいは意味のある臨床的な違いはない。
ブプロピオン徐放錠、ブプロピオン、シタロプラム、リチウム、ミルタザピン、ノルトリプチリン、セルトラリン、トリヨードサイロニン、トラニルシプロミン、ベンラファキシン(日本では開発中止)徐放錠が含まれる。
2008年のランダム化比較試験のレビューは、症状の改善は、SSRIを使用して1週間目の終わりが最高で、いくらかの改善は少なくとも6週間継続したと結論した。
SSRIのフルオキセチン(日本では未認可)、パロキセチン、エスシタロプラムとSNRIデュロキセチンと偽薬では、反応があった場合、偽薬のほうが改善度が緩やかだが、すべてで時間と共に改善していく傾向が見られた。
しかし、抗うつ薬に反応しなかった患者の一部、全体に対する約25%の患者は、HAM-Dスコアが高いままで、8週間では偽薬より著しく高かった。
これは抗うつ薬に反応しない場合、中止すべきことを示唆していると解釈された。
うつ病は類似した症状を呈する異なる病因の病気の集合なので、抗うつ薬の予後が悪いことを示した。
大うつ病性障害の定義は見当違いの可能性がある。
抗うつ薬はうつ病の根本にある原因に効果があるかについて、2002年のレビューは、使用を終了した場合、抗うつ薬がうつ病の再発の危険性を減少させるという根拠がないと結論した。
このレビューの執筆者らは、対人関係療法(IPT)と認知行動療法(CBT)を挙げ、抗うつ薬を心理療法と組み合わせることを提言した。
●副作用
抗うつ薬が効果を表すのは、セロトニン、ノルアドレナリン、ドパミンなどの神経伝達物質に作用するからであるとされている。
しかし、三環系や四環系抗うつ薬では、抗コリン作用、抗α1作用なども併せ持っており、そのために以下のような副作用が生じることがある。
副作用は薬の種類によって細かく異なる為、注意が必要である。
抗コリン作用による口渇、便秘、目のかすみ、排尿困難など
アドレナリンα1受容体遮断作用による低血圧、めまいなど
抗ヒスタミン作用による眠気、体重増加
抗ムスカリン作用による視力調節障害
手足の痙攣・振戦、全身の痺れなど(重症になると一ヶ月ほど痺れが続く場合もある)
服用開始直後の吐き気については、これについては制吐剤(ガスモチンなど)や六君子湯などの併用によって緩和することが可能である。
性欲減退についてはDNRIとの併用で解消できる場合があることが報告されている。
以上