主に、侵襲性の低い手術や簡単な救急処置、周術期の全身麻酔と併用した鎮痛目的などで用いられる。
種類
局所麻酔は薬剤の作用部位により以下のような種類がある。
●脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)
●硬膜外麻酔
●局所浸潤麻酔
●表面麻酔
●伝達麻酔
全身麻酔との大きな違いは、痛みは感じなくなっているが、意識の消失はないということである。
これは何かしらの身体の変化に患者自身が気付くこと、意識消失がなく呼吸も保たれること、意識消失に使用する全身麻酔の薬剤が使用できない状況でも手術を行うことが可能(妊娠中の患者・帝王切開手術など)などの利点がある。
しかし除痛ができていても体に侵襲が加わっていることに変わりは無い。
術中に患者にとって不利益な精神症状が出てくる可能性は否定できない。
そのため状況に応じて鎮静が必要になることもある。
近年は全身麻酔と局所麻酔の併用、もしくは局所麻酔に鎮静を加えた手法(Monitored Anesthesia Care)も頻用される。
●脊椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)
局所麻酔薬をくも膜下腔に投与する麻酔である。
麻酔薬としては、プロカイン、テトラカイン、リドカイン、ジブカイン、ブピバカインを用いることが多い(現在本邦では調節性のよいブピバカインが特に頻用される)。
主に下腹部・下肢の手術に用いられる。
硬膜外麻酔との比較として少量の麻酔薬で効果が現れ、手技的にも容易であるという点があげられる。
しかし硬膜外麻酔と比べて麻酔可能部位が制限されること(臍上部周辺の手術が限界であり、上腹部〜胸部の手術は困難)、持続的投与ができないなどの弱点がある。
●硬膜外麻酔
局所麻酔薬を硬膜外腔に投与する麻酔である。
エピ(epi)あるいはエピドラ(epidural)と略されることもある。
麻酔薬としてはリドカイン、メピバカイン、ブピバカイン、ロピバカイン、レボブピバカインを用いることが多い(本邦においては2010年現在、リドカイン、メピバカイン、ロピバカインの使用頻度が高い。近年レボブピバカインも登場し、活用されている)。
適応は基本的に脊椎麻酔と同じであるが、硬膜外への穿刺部位を変えることで目的とする区域のみに限定して除痛を行う事が可能なため、頚部、胸部の手術にも用いることが出来る。
更に注入カテーテルを硬膜外腔に留置して局所麻酔薬を追加することにより、より長時間除痛を行う事が出来るなどのメリットもある。
また注入カテーテルを通じて持続的に局所麻酔薬を注入する専用のポンプを用いて持続的に除痛を行う事も出来、胸部・腹部・下肢手術に頻用されている。
全身麻酔と併用することが多く、併用することで全身麻酔に必要な鎮痛薬の使用量を減ずることも可能である。
弱点としては、手技的にやや難しいこと、脊髄くも膜下麻酔に比べて多くの局所麻酔薬が必要となるので局所麻酔薬中毒がやや起こりやすいことがあげられる。
●局所浸潤麻酔
狭義の局所麻酔である。
主に小切開の場合に用いる麻酔である。
他に、意識下に太めの末梢ラインや中心静脈ラインを確保するとき、硬膜外麻酔や脊椎麻酔で硬膜外針や脊椎針の刺入前に細めの注射針で痛覚を取るとき、小さな部位の切開・縫合手術などに用いる。
麻酔薬としてはリドカイン、メピバカイン、プロカインを用いる。
●表面麻酔
眼科、耳鼻科、泌尿器科、歯科の手術や気管支鏡、食道鏡による検査時に行うもので、粘膜にリドカインを噴射、塗布する。
●伝達麻酔
末梢神経束の周辺に局所麻酔薬を注入して疼痛刺激の神経伝達をブロックするものである。
ペインクリニックで行う神経ブロックと同義である。
麻酔薬としては、リドカイン、メピバカイン、ロピバカインを用いることが多い。
手術を行う目的部位の知覚を支配する神経を同定してブロックを行う事で、部位を限局した痛覚鈍麻すなわち周術期鎮痛を行う事が可能である。
特に上肢の知覚を支配する腕神経叢に対してブロックを行う腕神経叢ブロックは広く行われており、侵襲の程度が大きくなければ腕神経叢ブロック単独で上肢の手術を行うことも可能である(全身麻酔を必要としない)。
解剖学上の神経走行を捉えるランドマーク法に端を発し、登場した当時は確実性にやや乏しい点もあった。
その後神経を微弱な電流で刺激して筋収縮を確認することで神経局在を把握して行う神経電気刺激法が発達してより普及した。
更に近年は超音波検査装置を利用し神経を同定する超音波ガイド下神経ブロックが行われるようになった。
硬膜外麻酔、脊椎麻酔が利用できない症例(適応外症例:血液の凝固機能の異常がある、もしくは抗凝固薬・抗血小板薬を使用中もしくは使用予定)に対しても活用することが出来、周術期における疼痛管理として麻酔科学領域におけるトピックになっている。
●麻酔薬の分類
エステル型コカイン、プロカイン、クロロプロカイン、テトラカインなどが含まれる。
アレルギーが起こりやすい。血中エステラーゼで分解される。
近年使用頻度は減少している。
アミド型リドカイン、メピバカイン、ジブカイン、ブピバカイン、ロピバカイン、レボブピバカインなどが含まれる。肝でゆっくりと分解される。
近年主に使用する局所麻酔薬は、表面麻酔はリドカイン、脊髄くも膜下麻酔はブピバカイン、硬膜外麻酔はリドカイン、メピバカイン、ロピバカイン、レボブピバカイン、伝達麻酔はリドカイン、メピバカイン、ロピバカインである(本邦においては2011年現在、レボブピバカインは硬膜外麻酔および達麻酔に限り保険適応である。2011年4月より伝達麻酔に適応範囲拡大した)。
●作用機序
局所麻酔薬の共通の構造として脂溶性の高い芳香基(ベンゼン環)と水素イオンを得て電離すると水溶性となる三級アミンの双方を持っているのが特徴である。
このため塩基型(B)とイオン型(BH+)の平衡状態にある。
局所麻酔薬の作用対象は電位依存性ナトリウムチャネルであり、電離していない塩基型(B)の状態で細胞膜を通過したのち、イオン型(BH+)に変わり細胞質側から電位依存性ナトリウムチャネルをブロックして作用を発揮する。
そのため、局所麻酔薬のpKa(酸解離定数)が細胞内のpHである7.4に近いほど作用発現が早くなり、また脂溶性が高いほど局所麻酔の作用が強くなる。
●麻酔薬の効き方
一般に細い神経から順に麻酔されていく。
順序としては、血管運動神経、温痛覚、触覚、圧覚、運動の順番である。
臨床現場では麻酔が効いたかの評価は主に温かさ、冷たさを感じるかで行う(コールドサインテスト)。
末梢神経の知覚については疼痛を参照のこと。
●エピネフリン添加
一部の局所麻酔薬はエピネフリン添加で用いる。
これは血管が収縮するため吸収が遅くなり作用時間が長くなったり、局所に麻酔薬がとどまり血中濃度があまりあがらないなどの効果を狙ったものである。
しかし、糖尿病、甲状腺機能亢進症、高血圧といった全身性疾患を持っている場合は相対的禁忌(実際には注意して使用)となっている。
また、指先や耳介など終動脈となっている部位では壊死を生じるため禁忌である。
この部位を麻酔する時は、エピネフリンを添加していないものを用いる。
局所麻酔薬へのエピネフリンの添加は主にリドカインで行われ、添加済みの薬剤も使用されている。
●作用時間
ブピバカインは作用時間が長く、コカイン、プロカインは作用時間が短い。これは上記の説明で明らかである。
●合併症
局所麻酔中毒 局所麻酔薬による中毒症状である。
30分位たってからおこる遅発型と即時型の二種類ある。
即時型ではいきなり痙攣や意識の消失、循環虚脱(ショック)がおこる。
遅発型の場合は段階的発現が特徴的であり、始めは刺激症状とよばれる中枢神経症状であり舌、口のうずきから始まり、めまい、耳鳴、興奮などがおこり、ついで抑制症状と呼ばれる中枢神経症状(意識消失、痙攣)や呼吸停止がおこる。
そのあと心血管系に症状がでて循環虚脱にいたる。
治療は痙攣や呼吸停止、循環虚脱に準じた対症療法、さらに悪化すると心肺蘇生が必要となることもある。
そのため、初期症状である舌、口のうずきなどを見逃してはならない。
リドカインの極量は200mg(もしくは3mg/kg)とされている。
近年頻用されているロピバカインについては一定した見解はないが、おおよそ3-4mg/kgが極量とされている。
ブピバカインは薬剤の普及が始まった当初、投与薬剤として頻用され、硬膜外麻酔や脊椎麻酔だけでなく、伝達麻酔などにも頻用されたが、局所麻酔薬中毒による循環虚脱およびそれに起因する心停止に対して蘇生率が非常に悪い(ブピバカインは強い心血管系毒性を有する)ため、昨今は過去ほど頻繁には使用されなくなった。
なお、脊髄くも膜下麻酔は使用すべき局所麻酔薬が少量で良いため、本邦では現在でもブピバカインが特に頻用されている。
また硬膜外麻酔に使用する場合、ロピバカインに比べて効果発現が速いため、妊婦の無痛分娩に際しての硬膜外投与に現在でも頻用されている(添付文書に記載される常識的な量の投与であれば問題はない)。
近年頻用されるロピバカインはブピバカインに比べて心血管系毒性が低いため、硬膜外麻酔・伝達麻酔に対して比較的高用量でも安全に使用できる(無論上記の極量を超えないように使用することは肝要である)。
近年、局所麻酔薬中毒による循環虚脱、心停止に対しての救命処置に、脂肪乳剤が有効であると報告された。
2007年には英国・アイルランド麻酔科学会から脂肪乳剤に対するガイドラインも発表されており注目を集めている。