睡眠時の緊張や不安を取り除き、寝付きを良くするなどの作用がある。
睡眠薬 (スリーピングピル、Sleeping pill)、催眠薬とも呼ばれる。
多くは国際条約上、乱用の危険性のある薬物に該当する。
■■■ 概要 ■■■
化学構造により、ベンゾジアゼピン系、非ベンゾジアゼピン系(イミダゾピリジン系、シクロピロロン系、ピラゾロピリミジン系)、バルビツール酸系や抗ヒスタミン薬などに分類される。
これらはすべてGABA受容体に作用し、また薬剤間で効果を高めあう相加作用がある。
作用時間により、超短時間作用型、短時間作用型、中時間作用型、長時間作用型に分類される。
同じくGABA受容体に作用するアルコールとの併用は相加作用を強める危険性が高く、特に力価の強い薬剤では呼吸中枢を抑制し死に至る危険性がある。
同じくGABA受容体に作用する気分安定薬として販売される抗てんかん薬とも相加作用がある。
常用により効果が弱くなる耐性が生じ数週間でほとんど効果がなくなるが、そのために多剤大量処方となりやすく、とりわけ長期間、高用量の服用で離脱症状が激しく生じるため、急な断薬は推奨されない。
離脱に入院を要するような致命的な発作を引き起こす可能性がある薬物というのは、ベンゾジアゼピン系やバルビツール酸系の鎮静催眠薬およびアルコールのみである。
また離脱症状の特徴として長期離脱症状が生じる。
麻酔として使用された場合に意識消失を生じさせるこれらによる「睡眠」とは比喩であり、通常の睡眠段階や自然な周期的な状態ではない;患者はまれにしか、麻酔から回復し新たな活力と共に気分がすっきりすることを感じない。
この種類の薬には一般的に抗不安作用から意識消失までの用量依存的な効果があり、鎮静/催眠薬と称される。
ほかの種類の睡眠薬にメラトニン受容体に作用する、メラトニンホルモンとメラトニン受容体作動薬とがある。
バルビツール酸系の薬は治療指数が低く、現在では過量服薬の危険性を考慮すると使用は推奨されない。
バルビツール酸系の危険性のため、1960年代にはベンゾジアゼピン系が主流となったが、これにも安全上の懸念があり、1980年代に非ベンゾジアゼピン系が登場した。
この非ベンゾジアゼピン系もベンゾジアゼピン系と大きな差が見られず、現在では薬物療法以外の方法に注目される。
GABA受容体に作用する睡眠薬の副作用として、依存形成のほか、服用後の記憶がない健忘(記憶障害)、記憶がない状態での車の運転などの夢遊行動、起床後の眠気、悪夢などがある。
まれに一過性の健忘、脱抑制、自動行動などが組み合わさった奇異反応を生じる。
健忘状態で自殺企図を行う事例があり、助かった場合にしかそれが奇異反応であったことが判別しにくい。
また、バルビツール酸系、ベンゾジアゼピン系、非ベンゾジアゼピン系とメラトニン作動薬の使用は抑うつ症状を増加させる。
1996年には、世界保健機関はベンゾジアゼピン系の「合理的な利用」は30日までであるとしている。
また自殺の危険性を増加させるため慎重な監視と、自殺の恐れ、物質依存、うつ病、不安では特別な注意が必要であり、処方するとしても数日から数週間としている。
しかし、長期間に渡る処方が行われる場合がある。
睡眠薬の長期的な使用は死亡リスクを高めることが実証されている。
男女ともに、睡眠薬の使用が自殺の増加に結びついていることが明らかになっている。
他害行為の危険性を高める薬剤がある。
1971年より向精神薬に関する条約が公布され、バルビツール酸系とベンゾジアゼピン系の多くは、乱用の危険性があるために、国際条約上の付表(スケジュール)IIIおよびIVに指定され流通が制限される。
アメリカでは規制物質法にて同様に付表にて定められている。
日本においても、国際条約に批准しているため麻薬及び向精神薬取締法において、第2種向精神薬にはバルビツール酸系のアモバルビタールやペントバルビタール、ベンゾジアゼピン系のフルニトラゼパム、第3種向精神薬にはほかのベンゾジアゼピン系や非ベンゾジアゼピン系の多くが定められている。
第2種向精神薬は付表III、第3種向精神薬に付表IVに相当する。
2010年に国際麻薬統制委員会は、日本でのベンゾジアゼピン系の消費量の多さの原因に、医師による不適切な処方があるとしている。
それに加え、2010年に日本の4学会が合同で危険な多剤大量処方に注意喚起している状況である。
離脱症状や依存症の危険性についても医師が知らない場合があることが報告されている。
■■■ 種類 ■■■
●メラトニン
メラトニンは、ほぼすべての生物の体内に自然に存在し、動物では概日リズムを調節しているホルモンである。
アメリカやイギリスでは処方せんが不要で、単にサプリメントとして販売されている。
日本においては個人輸入が必要になる。
メラトニンは、忍容性が高く依存性がない。
ベンゾジアゼピン系の使用に抵抗のある小児科でも用いられてきた。
高齢者でもベンゾジアゼピン系のような日中の認知機能の低下はなく、記憶や気分の改善もみられている。
催眠作用はジアゼパム(ベンゾジアゼピン系)やゾルピデム(非ベンゾジアゼピン系)よりも弱い。
メラトニンを追加しベンゾジアゼピン系を徐々に減量するよう指示した二重盲検の試験では、メラトニン群の78%がベンゾジアゼピン系を中止し、主観的な睡眠の質が改善されていた。
●メラトニン受容体作動薬
メラトニンは天然の物質なので特許を取得することはできず、作用を模倣するラメルテオン(ロゼレム)が市場に出ている。
体重増加の副作用がある。
●ベンゾジアゼピン系
ベンゾジアゼピン系薬は、睡眠の構造におけるレム睡眠および深い睡眠段階を妨げる。
1960年代にバルビツール酸系の危険性から、よく用いられるようになった。
GABA受容体に作用する。 近年は、新しい非ベンゾジアゼピン系睡眠薬と、ホルモンのメラトニンに置き換えられた。
ベンゾジアゼピンは、短期的には有効であるが、1 - 2週間後には耐性が形成され、そのため長期間の使用には無効となる。
そのため入院の原因となり、とりわけ高齢者に頻繁である。
中止時にはベンゾジアゼピン離脱症状が生じる可能性がある。
これは反跳性不眠、不安、混乱、見当識障害、不眠、知覚障害の特徴を持つ。
従って、耐性、薬物依存、長期使用の副作用を避けるために処方は短期に限られる。
●非ベンゾジアゼピン系
1980年代に登場し、ベンゾジアゼピン系にかわりよく用いられるようになった。
GABA受容体に作用する。 非ベンゾジアゼピン系は、Zからはじまる物質名が多くZ薬とも呼ばれる。
●バルビツール酸系
1900年ごろに登場したが、1960年代以降有名人が睡眠薬を服用し死亡した例が報道された原因の薬剤で、危険視されベンゾジアゼピン系に置き換えられていった。
GABA受容体に作用する。
●抱水クロラール
抱水クロラール系の薬物は1869年に合成されたが、安全性が低く1900年前後にはバルビツール酸系に置き換えられ、ほとんど使用されなくなった。
依存性や臓器障害の悪化のおそれがある。
●日本で承認されているもの
・超短時間作用型
トリアゾラム - 商品名ハルシオンなど、ベンゾジアゼピン系
ゾピクロン - 商品名アモバン、シクロピロロン系
酒石酸ゾルピデム - 商品名マイスリー、イミダゾピリジン系
エスゾピクロン - 商品名ルネスタ、シクロピロロン系
・短時間作用型
エチゾラム(商品名:デパス、エチカームなど。チエノジアゼピン系)
ブロチゾラム(商品名:レンドルミンなど。チエノジアゼピン系)
ロルメタゼパム(商品名:エバミール、ロラメット。ベンゾジアゼピン系)
ブロムワレリル尿素(商品名:ブロバリン。有機臭素化合物)
・短-中時間作用型
ペントバルビタール(商品名:ラボナ、ネンブタールなど。バルビツール酸系)
塩酸リルマザホン(商品名:リスミーなど)
・中時間作用型
フルニトラゼパム(商品名:サイレース、ロヒプノールなど。ベンゾジアゼピン系)
ニトラゼパム(商品名:ベンザリン、ネルボンなど。ベンゾジアゼピン系)
ニメタゼパム(商品名:エリミン。ベンゾジアゼピン系)
エスタゾラム(商品名:ユーロジンなど。ベンゾジアゼピン系
アモバルビタール(商品名:イソミタール。バルビツール酸系)
抱水クロラール(商品名:エスクレ。抱水クロラール系)
・長時間作用型
フルラゼパム(商品名:ダルメート、ベノジールなど。ベンゾジアゼピン系)
フェノバルビタール(商品名:フェノバール。バルビツール酸系)
ハロキサゾラム(商品名:ソメリン。ベンゾジアゼピン系)
クアゼパム(商品名:ドラール。ベンゾジアゼピン系)
その他 ベゲタミンA/B(塩酸クロルプロマジン、塩酸プロメタジン、フェノバルビタール混合薬)
ラメルテオン(メラトニン受容体作動薬)
●有効性
非ベンゾジアゼピン系の睡眠薬の有効性を評価するために、出版バイアスを除外してメタアナリシスを行ったが、偽薬でも睡眠薬の半分の効果が見られ、睡眠の問題も十分に改善しないことが明らかになった。
60歳以上の不眠症の高齢者に対する非ベンゾジアゼピン系の睡眠薬(ザレプロン、ゾルピデム、ゾピクロン)の使用に関する試験をメタアナリシスしたところ、ベンゾジアゼピン系と非ベンゾジアゼピン系では、睡眠の質および、認知機能や転倒や交通事故を含む有害事象において有意な違いはなく、睡眠を改善する効果は小さいので、有害事象の多さは利益を正当化しない可能性があることが示唆された。
このメタアナリシスでは、高齢者に推奨されないバルビツール酸塩及び抱水クロラールは除外されている。
ベンゾジアゼピン系あるいは非ベンゾジアゼピン系は、数日から耐性が生じるため有効性が低下する。
最小の作用量で数日間に限った処方が推奨され、高齢者においては完全に避けるべきである。
ベンゾジアゼピン系は同じ機序であるのに関わらず、一個人に2つ以上の異なるベンゾジアゼピン系が処方され、ノルウェーではそのような処方率は6.9%である。
日本での2009年のそのような処方率は、30万件の診療データからの解析では、1剤で72.7%、2剤で21.2%、3剤以上は6.1%である。
国立精神・神経医療研究センター(NCNP)のガイドラインでは、うつ病性不眠治療について、抗うつ薬と睡眠薬の併用がQOLを改善するとしたランダム化比較試験結果は複数存在するが、睡眠薬治療で実際に自殺や再発を減少させるか否かを検証したランダム化比較試験は、現在まで行われていないと述べている。
●勧告とガイドライン
1996年には、世界保健機関による「ベンゾジアゼピンの合理的な利用」という報告書において、ベンゾジアゼピン系の「合理的な利用」は30日までの短期間にすべきとしている。
英国国立医療技術評価機構(NICE)による、2004年の不眠症のガイドラインにおいて、睡眠薬の利用は重度の不眠に限り、かつ短期間に留めなければならないとしている。
非ベンゾジアゼピン系のゾルピデム、ザレプロン、ゾピクロン、短期作用型ベンゾジアゼピンの比較評価については有効なデータがなく、最も安価な薬物を選択すべきとしている。
投与中に睡眠導入剤を切り替える場合、患者がその薬剤を直接原因とする副作用が発生した場合のみに限るべきだとしている。
これらの睡眠導入剤について効果を示さなかった患者については、いかなる他の薬剤も処方すべきではないとしている。
アメリカ合衆国では、アメリカ食品医薬品局(FDA)によるベンゾジアゼピン系/非ベンゾジアゼピン系の睡眠薬の添付文書には、7 - 10日の短期間の使用に用いる旨が記載されている。